スピリチュアルカウンセラーMEIKO・ 愛と光のスピリチュアルブログ
スピリチュアルカウンセラーMEIKOがあなたの魂を愛と光で包みこみ。
ヒーリングアート、フォト、ポエムでお心を癒し天上界からあなたにぴったりのエンジェルメッセージを降ろします。
あなたのお心が愛と光りに包まれて癒され満たされますように。
Prev |
2026/03
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 | Next
皆様、お元気ですか?
スピリチュアルカウンセラーのMEIKOです。
前回の続きを書きます。
忙しい母に、おやつを与えてもらえず、私と、妹は「ある企み」をしました。
私たちは親の言う事に対して、絶対服従でしたので、悪い事も何もしない素直な子供でした。
妹と私は、台所にあるお砂糖の入れ物を指差して「こんなにお腹が空いたら、戦は出来ないから、仕方がないから、あの甘いお砂糖を、泥棒しょう!」と決め、役割分担をしました。
「ティッシュを持ってきて!」
「棚の上にある、お砂糖は、私が取るから。」
「お母さんとお父さんが、こないか見張っていて!」
『わかった。」
私は、妹と団結して「お砂糖強奪」を企てました。
私と妹は、初めて、父母に対して裏切り行為をしようとしていました。
それはもう、心臓はバクバクするし、慌てまくるし、怖いし、あのスリルは忘れません。
心の中で、「こわいよ〜。お母さんが来たら怒られる〜。」
そんな状態で、妹が広げるティッシュに、大さじ2杯のお砂糖を、ゲットして、素早く、台所から、玄関に行き、運動靴をはいて、外にダッシュしました。
私も妹もそんなに足は速くないのに、「はぁ、はぁ」いいながら、草むらまで走りました。
そんな時、父と母は、仕事で散髪をしていましたので、私たちの、この行為には、全く気づいてはいませんでした。
しかし、幼い私たちは、きっと、バレていると思い込み、恐怖しながら、田舎の道を走り抜けました。
深い、深い草むらの中に、しゃがみ込み、強く握りしめた手の中にある、ティシュを広げました。
妹に持たせていたので、「早く、もう大丈夫だから、お砂糖をちょうだい。」と、ティシュを見てみると、くちゃくちゃになって、少し、破れて、お砂糖がはみ出ていました。
汗ばんで少し湿ったお砂糖を、小さな手のひらに分け合って食べました。
白いお砂糖は、太陽に当たり、キラキラしていました。
きっと、甘くて美味しいものだと思っていました。
その、お砂糖をぺろりとなめてみました。
舌の上にのせたお砂糖は、ザラザラしていて、あまり味が分かりませんでした。
「あれ?変だネ、味しないね。」
「うん、そうだネ。」
心臓がバクバクしたまま再度、舐めたお砂糖は、味無しお砂糖になっていました。
たくさん、走った私たちは、疲れていました。
もう一度、舐めてみました。
「うん?」
「にがい!!」
「このお砂糖にがいネ!」
二人は、以前、母からもらったお砂糖と、今、盗んで舐めたお砂糖の味に、雲泥の差があるのに気がつきました。
『幼い罪悪感』を妹とふたりで、シェアーしました。
「もう、二度と、こんなことやめようネ!」
「うん!そうだネ、おいしくないからネ。」
「にがいお砂糖はいやだネ。」
疲れ果てた姉妹は、田舎の道を手をつないで、頭をたれ、トボトボと歩いて家まで帰りました。
家に帰り着くと、母が、お芋の天ぷらをあげてくれていました。
「おかえり、どこに遊びに行っていたの?お腹空いたでしょう?たくさん食べなさい。」と
優しく、温かい言葉をかけてくれました。
自分でいうのも何ですが、私の母は、女優さんのようにきれいな人でしたので、その、優しい笑顔を見て、私と妹は罪悪感が増し、お芋の天プラが喉につまり、なかなか飲み込めませんでした。
二人とも、涙ぐんでいました。
なにも知らない母は、「よほど、お腹空いていたのネ。ごめん!ごめん!」
なんて、あやまるのです。
私は、そんな母の姿をみて、『罪悪感』がマックスになりました。
こどもでしたので、その時は本当に、お砂糖が苦くなったと本気で思いましたが、大人になり、あの現象は『自己処罰』『罪悪感』だったとわかりました。
それから、私たちは二度と『お砂糖強奪』はしませんでした。
「おしまい」
それでは、皆様、次回。
あなたが愛と光りに包まれますように。
スピリチュアルカウンセラーのMEIKOです。
前回の続きを書きます。
忙しい母に、おやつを与えてもらえず、私と、妹は「ある企み」をしました。
私たちは親の言う事に対して、絶対服従でしたので、悪い事も何もしない素直な子供でした。
妹と私は、台所にあるお砂糖の入れ物を指差して「こんなにお腹が空いたら、戦は出来ないから、仕方がないから、あの甘いお砂糖を、泥棒しょう!」と決め、役割分担をしました。
「ティッシュを持ってきて!」
「棚の上にある、お砂糖は、私が取るから。」
「お母さんとお父さんが、こないか見張っていて!」
『わかった。」
私は、妹と団結して「お砂糖強奪」を企てました。
私と妹は、初めて、父母に対して裏切り行為をしようとしていました。
それはもう、心臓はバクバクするし、慌てまくるし、怖いし、あのスリルは忘れません。
心の中で、「こわいよ〜。お母さんが来たら怒られる〜。」
そんな状態で、妹が広げるティッシュに、大さじ2杯のお砂糖を、ゲットして、素早く、台所から、玄関に行き、運動靴をはいて、外にダッシュしました。
私も妹もそんなに足は速くないのに、「はぁ、はぁ」いいながら、草むらまで走りました。
そんな時、父と母は、仕事で散髪をしていましたので、私たちの、この行為には、全く気づいてはいませんでした。
しかし、幼い私たちは、きっと、バレていると思い込み、恐怖しながら、田舎の道を走り抜けました。
深い、深い草むらの中に、しゃがみ込み、強く握りしめた手の中にある、ティシュを広げました。
妹に持たせていたので、「早く、もう大丈夫だから、お砂糖をちょうだい。」と、ティシュを見てみると、くちゃくちゃになって、少し、破れて、お砂糖がはみ出ていました。
汗ばんで少し湿ったお砂糖を、小さな手のひらに分け合って食べました。
白いお砂糖は、太陽に当たり、キラキラしていました。
きっと、甘くて美味しいものだと思っていました。
その、お砂糖をぺろりとなめてみました。
舌の上にのせたお砂糖は、ザラザラしていて、あまり味が分かりませんでした。
「あれ?変だネ、味しないね。」
「うん、そうだネ。」
心臓がバクバクしたまま再度、舐めたお砂糖は、味無しお砂糖になっていました。
たくさん、走った私たちは、疲れていました。
もう一度、舐めてみました。
「うん?」
「にがい!!」
「このお砂糖にがいネ!」
二人は、以前、母からもらったお砂糖と、今、盗んで舐めたお砂糖の味に、雲泥の差があるのに気がつきました。
『幼い罪悪感』を妹とふたりで、シェアーしました。
「もう、二度と、こんなことやめようネ!」
「うん!そうだネ、おいしくないからネ。」
「にがいお砂糖はいやだネ。」
疲れ果てた姉妹は、田舎の道を手をつないで、頭をたれ、トボトボと歩いて家まで帰りました。
家に帰り着くと、母が、お芋の天ぷらをあげてくれていました。
「おかえり、どこに遊びに行っていたの?お腹空いたでしょう?たくさん食べなさい。」と
優しく、温かい言葉をかけてくれました。
自分でいうのも何ですが、私の母は、女優さんのようにきれいな人でしたので、その、優しい笑顔を見て、私と妹は罪悪感が増し、お芋の天プラが喉につまり、なかなか飲み込めませんでした。
二人とも、涙ぐんでいました。
なにも知らない母は、「よほど、お腹空いていたのネ。ごめん!ごめん!」
なんて、あやまるのです。
私は、そんな母の姿をみて、『罪悪感』がマックスになりました。
こどもでしたので、その時は本当に、お砂糖が苦くなったと本気で思いましたが、大人になり、あの現象は『自己処罰』『罪悪感』だったとわかりました。
それから、私たちは二度と『お砂糖強奪』はしませんでした。
「おしまい」
それでは、皆様、次回。
あなたが愛と光りに包まれますように。
PR
-
(あなたの傍がいい)
Category ヒーリングポエム
皆様、お元気ですか?
スピリチュアルカウンセラーのMEIKOです。
前回の続きです。
「チクロ禁止令」が崩壊され、子供たちはそのチクロ入りお菓子を食べるようになりました。
私は、幼い頃、ほとんどチクロ(食品添加物)無しの食べ物で育ち、細胞が素直な状態で育ちましたので、ほとんど大きな病気はせずに大人になりました。
霊媒体質でしたので、エーテル体が弱く、突然、具合が悪くなる事は、度々ありましたが、細胞は元気でした。
母には感謝はしますが、大人になり、自分でお金を自由に使えるようになりますと、ついついお菓子を買いますが、あまり、食べずにそのままにしてます。
今でも、お友達が「何か、買ってくるけど、何欲しい?」と聞かれると、無意識に「飴と、チョコと、ガムと、プリンがいい。」と答えます。
お友達は笑っていますが、買ってきてくれます。
でも、やはり食べないで、他のひとが食べる事になったりします。
また、プリンは「後で食べるから、冷蔵庫に入れておいて。」と言いますが、しばらくして、賞味期限の切れた少し、へたったプリンが冷蔵庫の奥から出てきます。
また、楽しいことや、ウキウキする事があれば、コンビニにいき、飴、ガム、チョコを袋に入れてもらい、心、ウキウキで持ち歩きます。(ほとんど病気の世界です。)
今でも、そんな事の繰り返しです。
幼い頃、欲しくて、欲しくてたまらなかったお菓子を、未だに欲しがる、私です。
インナーチャイルド癒しにもなると思い、ついつい、お菓子コーナに行きます。
今は、大人になり、欲しいものを自由に買えるようになりましたが、幼い頃は、おやつに飢えていました。
幼い頃、お菓子が無い時は、母がお砂糖を、小さな手の平にのせてくれました。
その、お砂糖は、甘くて、ざりざりしていて、白くて、私たちの心は幸せに包まれました。
しかし、父と母が、床屋さんのお客様が多い時は、なかなか、おやつをもらえません。
妹とふたりで、「おなかすいた〜、甘いものたべたいね。」と話していました。
私の両親は、職人気質で、「仕事中は、絶対にお店に入ってきてはいけない。」と言われていたので、父か、母がおトイレに入る為に、部屋に来た時に用事を話す、こんな状態でした。
そこで、私と妹は、ある企みをしました。
それでは、続きは次回。
あなたが愛と光りに包まれますように。
スピリチュアルカウンセラーのMEIKOです。
前回の続きです。
「チクロ禁止令」が崩壊され、子供たちはそのチクロ入りお菓子を食べるようになりました。
私は、幼い頃、ほとんどチクロ(食品添加物)無しの食べ物で育ち、細胞が素直な状態で育ちましたので、ほとんど大きな病気はせずに大人になりました。
霊媒体質でしたので、エーテル体が弱く、突然、具合が悪くなる事は、度々ありましたが、細胞は元気でした。
母には感謝はしますが、大人になり、自分でお金を自由に使えるようになりますと、ついついお菓子を買いますが、あまり、食べずにそのままにしてます。
今でも、お友達が「何か、買ってくるけど、何欲しい?」と聞かれると、無意識に「飴と、チョコと、ガムと、プリンがいい。」と答えます。
お友達は笑っていますが、買ってきてくれます。
でも、やはり食べないで、他のひとが食べる事になったりします。
また、プリンは「後で食べるから、冷蔵庫に入れておいて。」と言いますが、しばらくして、賞味期限の切れた少し、へたったプリンが冷蔵庫の奥から出てきます。
また、楽しいことや、ウキウキする事があれば、コンビニにいき、飴、ガム、チョコを袋に入れてもらい、心、ウキウキで持ち歩きます。(ほとんど病気の世界です。)
今でも、そんな事の繰り返しです。
幼い頃、欲しくて、欲しくてたまらなかったお菓子を、未だに欲しがる、私です。
インナーチャイルド癒しにもなると思い、ついつい、お菓子コーナに行きます。
今は、大人になり、欲しいものを自由に買えるようになりましたが、幼い頃は、おやつに飢えていました。
幼い頃、お菓子が無い時は、母がお砂糖を、小さな手の平にのせてくれました。
その、お砂糖は、甘くて、ざりざりしていて、白くて、私たちの心は幸せに包まれました。
しかし、父と母が、床屋さんのお客様が多い時は、なかなか、おやつをもらえません。
妹とふたりで、「おなかすいた〜、甘いものたべたいね。」と話していました。
私の両親は、職人気質で、「仕事中は、絶対にお店に入ってきてはいけない。」と言われていたので、父か、母がおトイレに入る為に、部屋に来た時に用事を話す、こんな状態でした。
そこで、私と妹は、ある企みをしました。
それでは、続きは次回。
あなたが愛と光りに包まれますように。
皆様、お元気ですか?
スピリチュアルカウンセラーのMEIKOです。
エッセイを書きます。
(苦い砂糖)
私は床屋さんを営んでいた両親に育てられた、4人の兄弟姉妹。
勿論、贅沢なんかできません。
母は、料理がとても上手で、お客様に頂いた野菜などでとても、美味しいご飯を作ってくれました。
手先の器用な母は、私たちが幼い頃、手作りようかんや、お芋を砕いてお砂糖を入れて、布で絞り、形の良いお菓子を作ったり、牛乳にお砂糖を入れて温めてくれたりしました。
あの優しい牛乳の味は忘れません。
でも、床屋さんの仕事が忙しくなると、なかなかおやつがまわりません。
小学校になると、お店にある駄菓子などが欲しくなりますが、お小遣いももらえず、母の手作りのおやつを食べていました。
母はいつも「お店にあるお菓子は、身体に悪いチクロが入っているから、食べたらいけないよ」と子供達に話していました。
『チクロ?なにそれ?」
「身体に悪いものだよ。」
「あまり、わからない」
「分からなくても、いいから、駄目な物はダメだよ。」
いま、考えますと、母の言う「チクロ」は食品添加物のことだったと思います。
私は、母の言葉を大人になっても 手放さずに、自分が母親になってからも、母から伝承された「チクロ禁止令」を子供たちに出していました。
「その、お菓子はチクロが入っているから、ダメ。」
「それも、チクロが入っているからダメ。」
「チクロって、なに?」
「身体に悪い物が入っているのよ。」
私は、母と同じ口調で、自分の子供達に教えました。
まさしくDMAです。
私は、母親の忠告をきちんと聞く大人になっていたのです。
幼い頃、市販の飴、ガム、チョコレート、プリンが食べたくて仕方がなかったのです。
しかし、私は、母の教えに従い自分の子供にも怪しいと思われる、お菓子は与えませんでした。
私にも、4人の子供が授かりましたが、長男と次男には、「チクロ禁止令」は徹底しました。
しかし、3番目に女の子が生まれ、時代も変わり、お店のお菓子を欲しがると、甘やかして、ついつい、お店のお菓子を与えてしまいました。
上の子が「そのお菓子には、チクロがはいっているからダメだよ!」ついに、「チクロ禁止令」は、お兄ちゃんたちから、妹に伝達されました。
しかし「なに、言っているの、大丈夫よ!」妹のアッサリとした一言で、ついに、親子代々伝えられた、「チクロ禁止令」が崩壊したのです。
女は強し!!(笑)
それでは、続きは次回。
あなたが愛と光りに包まれますように。
スピリチュアルカウンセラーのMEIKOです。
エッセイを書きます。
(苦い砂糖)
私は床屋さんを営んでいた両親に育てられた、4人の兄弟姉妹。
勿論、贅沢なんかできません。
母は、料理がとても上手で、お客様に頂いた野菜などでとても、美味しいご飯を作ってくれました。
手先の器用な母は、私たちが幼い頃、手作りようかんや、お芋を砕いてお砂糖を入れて、布で絞り、形の良いお菓子を作ったり、牛乳にお砂糖を入れて温めてくれたりしました。
あの優しい牛乳の味は忘れません。
でも、床屋さんの仕事が忙しくなると、なかなかおやつがまわりません。
小学校になると、お店にある駄菓子などが欲しくなりますが、お小遣いももらえず、母の手作りのおやつを食べていました。
母はいつも「お店にあるお菓子は、身体に悪いチクロが入っているから、食べたらいけないよ」と子供達に話していました。
『チクロ?なにそれ?」
「身体に悪いものだよ。」
「あまり、わからない」
「分からなくても、いいから、駄目な物はダメだよ。」
いま、考えますと、母の言う「チクロ」は食品添加物のことだったと思います。
私は、母の言葉を大人になっても 手放さずに、自分が母親になってからも、母から伝承された「チクロ禁止令」を子供たちに出していました。
「その、お菓子はチクロが入っているから、ダメ。」
「それも、チクロが入っているからダメ。」
「チクロって、なに?」
「身体に悪い物が入っているのよ。」
私は、母と同じ口調で、自分の子供達に教えました。
まさしくDMAです。
私は、母親の忠告をきちんと聞く大人になっていたのです。
幼い頃、市販の飴、ガム、チョコレート、プリンが食べたくて仕方がなかったのです。
しかし、私は、母の教えに従い自分の子供にも怪しいと思われる、お菓子は与えませんでした。
私にも、4人の子供が授かりましたが、長男と次男には、「チクロ禁止令」は徹底しました。
しかし、3番目に女の子が生まれ、時代も変わり、お店のお菓子を欲しがると、甘やかして、ついつい、お店のお菓子を与えてしまいました。
上の子が「そのお菓子には、チクロがはいっているからダメだよ!」ついに、「チクロ禁止令」は、お兄ちゃんたちから、妹に伝達されました。
しかし「なに、言っているの、大丈夫よ!」妹のアッサリとした一言で、ついに、親子代々伝えられた、「チクロ禁止令」が崩壊したのです。
女は強し!!(笑)
それでは、続きは次回。
あなたが愛と光りに包まれますように。
プロフィール
HN:
スピリチュアルカウンセラー MEIKO
性別:
女性
自己紹介:
スピリチュアルカウンセラーのMEIKOです。
スピリチュアルカウンセリング、スピリチュアルヒーリング、ヒーリングアート、ヒーリングポエム、ヒーリングフォト、ヒプノセラピー、エンジェルカード、エンジェルメッセージ、アロマタッチ、過去生回帰、など行っております。
あなたに、愛と光の癒しをお届け致します。
スピリチュアルカウンセリング、スピリチュアルヒーリング、ヒーリングアート、ヒーリングポエム、ヒーリングフォト、ヒプノセラピー、エンジェルカード、エンジェルメッセージ、アロマタッチ、過去生回帰、など行っております。
あなたに、愛と光の癒しをお届け致します。
カテゴリー
P R